画師 〜隠された思い〜

オススメ度:★☆☆☆☆ / シナリオ:★★☆☆☆



描かれた絵に魂が宿る。
怪奇小説のような話を想像すると期待外れかもしれませんが、
大正の画師を描いた耽美小説だと思えばなかなかのものです。


注釈はライターの怠慢?

本作には、注釈、というシステムがあります。
たとえば、「中陰」というあまり聞き慣れない言葉が出てきたとき、

『中陰とは、人の死後49日間のこと。または、人の死後49日に当たる日』

といった具合に、該当する単語を補足説明してくれる便利なシステムです。
ただ、あまりに便利すぎたのか、ライターさんが注釈に頼りすぎたきらいがありました。
まずは、この文章を読んでみてください。

彼女――エレとの関係が始まって、もう二年近くになるでしょうか。
二人の汗と、もっと淫らな体液が醸し出す匂いも、今では、すっかり馴染み深いものに、なっていました。
『正輝とエレが出会ったのは井原章吾ら留学生の壮行会の夜のことである』

さて、冒頭の一部分を引用させていただきましたが、二重括弧の文章が、注釈です。
キャラクター名が表示される代わりに"注釈"と表示され、
あとの説明は普通に文章用のウインドウに表示される体裁になります。
"注釈"の後には主人公、正輝というのですが、彼のセリフで、「貴方は悪い女[ヒト]だな……」と続きます。
なんとも歯切れの悪い文章です。
僕なら、"注釈"を地の文章に混ぜ込んで、

エレと出会ったのは、井原章吾ら留学生の壮行会の夜のことでした。
それから二年。二人の汗と、もっと淫らな体液が醸し出す匂いも、
今では、すっかり馴染み深いものに、なっていました。
「貴方は悪い女[ヒト]だな……」

と書きたいところです。
これで普通に読める文章になるはずです。
もしこの場面で、地の文に井原章吾という名前を出すのが具合が悪いのであれば、
留学生とだけ書いておけば事足ります。
むしろ注釈であっても、冒頭で井原章吾という固有名詞を
出してしまうこと自体が先走りと言えるかもしれません。
後の選択肢によっては、井原章吾がシナリオと無関係になることもあるのだから、
ここでわざわざ名前を出す必要はないのですよ。

名前の出す出さないは、置いておくにしても、
"注釈"の使い方として適切とは言いがたいところが多くありました。
SEXの最中にも、

「Attend! まだ……まだよ、マサキ」
『Attend:ここでは『ダメよっ!』という意』

などと、"注釈"が入るのですが、これもどうかと思います。
なんとか主人公の一人称の中に盛り込めないものでしょうか。
他にも、異国の言葉で喘いだときに、これまたやはり"注釈"で、

『ああっ……ああっ!来てっ!来てっ!激しくっ!激しく!!あっ!……ああっ!あっ!ああああっ!!』

のような馬鹿丁寧な解説が入ったりします。
こんなの誰でも流れで大体分かるっちゅーねん。
まったく…、お節介な話ですよ(笑)

最後に念のため断っておきますと、この"注釈"は、環境設定でOffにもできます。

「なんだ。それなら良いじゃないか」

と思われるかもしれませんが、いえいえ、そんなことはないのです。
一周目は、先にも言った通り、"有用な注釈"もあるものですから、Onでプレイします。
それで、二周目からは、当然、既読部分はスキップします。
だから、Offにする意味なんてないのです。
おそらく、使えるとすれば、回想モードでHイベントを見るときくらいです。


感じの良い文章

主人公の心理変化が逐一描写されるので、気分の良いのも悪いのも、好いた惚れたも、全て伝わってきます。
文章の書き方も、珍しく「ですます調」です。
主人公が絵描きですので、なよっ、とした優男の感じが出ていて、これもなかなかハマッていました。

『忘れてください』などという男の気を引く言葉を使うことも知らない女が ただ、別れるために残した言葉です。

のような、気の利いた言い回しも案外多くて、思った以上に読まされます。
最初は、"変な注釈"や慣れない「ですます調」の文章、
おまけに漢字も多くて、「しんどいなぁ」と思ったのですが、
終わってみれば丁寧で読みやすい文章だったように思います。
漢字が多いのは、大正という時代を意識してのことですし、
"注釈"が必要なのも、時代背景を意識した単語を使うためです。
文体も、主人公の性格を思えば納得です。
フランス語の喘ぎにしたって、結局、言葉にこだわったが故の失敗であるし、
そう考えると、なかなかに魂のこもった文章だと言えるでしょう。
今どき珍しい、とまで言ってしまうと少し説教臭いかもしれませんが、
言葉に神経質になれるライターさんは貴重だと感じます。
機会があれば、本作のライター、琴羽さんがシナリオを担当している別の作品も読んでみたいです。
上手いかどうかは分かりませんが、感じの良い文章を書くライターさんだと思いました。


総評 C

文章は良くとも、いかんせんシナリオがボリューム不足でした。
おそらくメインであろう、愛人との再会物語も、尺が足りないせいで、
娘を犠牲にしてでも主人公と結ばれようとする、女の愛憎を描ききれていない印象を受けました。
母が娘に嫉妬したりと、女の怖さは伝わってきたのです。
でも、主人公を自分のモノにしたいという感情が前に出すぎで、ちょっとSっぽいというかね。
まあ、女の方が年上な設定ですから、それで自然なのかもしれませんが…。

あと、冒頭で主人公の描いた肖像画が原因で、不幸な末路を辿った男女がいたのですが、
その線でもう一本シナリオがあれば最高でした。

どちらかと言うとBADエンドのほうが面白い展開が多かったです。
というのも、不幸がまず先にあるような話の作りになっていまして、
不幸なまま堕ちていくほうが物語として自然に感じられたからです。
大正という時代の持つ翳りや、性交の際に顔を覗かせる男と女の底なしの欲望が、
話の性質を負の方向へ引っ張っていたように感じます。
実際、Goodエンドでエンディングの後にHがあるのですが、
一瞬BADエンドと見まごう程に、淫蕩な空気を醸し出していたりするんですよ。





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