ナツメグ

オススメ度:★★★★★ / キャラ:★★★★★ / シナリオ:★★★★☆



ねこねこソフトの有志が集まり立ち上げた新ブランド『コットンソフト』の処女作。
ベタでお約束で何の驚きもない物語でも、名作が作れることの証明になった作品です。


文章うまぁー

主人公が、無意識に繋いでいた手を慌てて離したときに、
持っていた買い物袋を両手に分けて持ち直す、言い訳めいた感じであったり。
卒業から数年後に再開した旧友と公園で話をしているときに、
そいつが何気なく小石を蹴飛ばして、でも、それは『昔のように、
派手に足を上げて蹴り上げるでもなく、カン、と転がす程度』だったり。

ふいに見せる人間臭い仕草や、時間の流れを感じさせる描写は本作の隠れた見所です。

『4人の中では、シゲオと俺が圧倒的に弱くて、由佳子は意外に強くて、実梨が程ほどで…。
でも、それがいいバランスになっていて。だから、2人だけのジャンケンは、ホント、締まらなかった』

のように、何気ない日常の中で感じる、一瞬の機微を捉えて書いているのも上手くて、
それだけで感動してしまいそうになるほどでした。
じゃんけんの強い弱いのバランス。
たわいない仲間内のエピソードですが、この素の感じが好きですね。
設定や登場人物の仕草は芝居がかっているけれど、描かれる感情はとても現実的で、
でも優しくて。素直に共感したいと思わせる内容でした。
読んでいると、青臭いのが、とても眩しくて格好良いことに思えてきます。
現在進行形で青臭い人間には絶対に分からない、ある意味で最高に大人らしい、懐旧の面白さがありました。

アイテムの使い方が、やたらと上手いのも本作の特徴です。
入部届けや部活のクジ引き。
全て予想通りなのですが、むしろ、それが期待通りという好循環。
読み手にベタを望ませる、巧妙な物語の運びでした。

あと、細かいことですが、文字組みの綺麗さが文章の印象を良くしていました。
ただ単に文字を流し込むのではなく、文字数に合わせて「、」のところで改行して、
スムーズに読めるように調整しています。
文章が読み手に対して、どのように表示されるのかまで気を遣っているのがプロらしくて、素晴らしいと思いました。


RESはアリかナシか?

2学期から転校する友人の、思い出作りのために始めた夏限定の部活。
皆がそれぞれ、やりたいことを紙に書き、それを毎週、クジ引きをして決定します。

クジ引きというだけあって本当に何が起こるか分かりません。
RES(ランダム・イベント・システム)といって、
選択画面で、ランダムに選んだイベントが見られる仕組みです。
イベントが一つ終了するごとに選択画面が表示され、これの繰り返しで、
実際にクジを引いて活動内容を決定しているような体裁になります。
斬新なシステムに感心した僕は、
イベントを選ぶたびに「なるほどね」とか「おぉ、良いねぇ」などと感心しっぱなしでした。

でも、一周目の終わりまでのことです。
「ある事」に思い当たった僕は、それ以降、まったく感心しなくなりました。
RESは、一見すると、ストーリーとシステムが融合した、
上手いゲームデザインに思えるのですが、これには大きな落とし穴があります。

いやぁ、情けない。気付くのが遅過ぎました。
実は、他のゲームだって、わざわざ選択画面を表示して大仰にやらないだけで、
イベント自体はランダムに発生しています。
単に「ランダムを選択する」という「選択」がないだけの話です。
イベントの順番が決められていても、順不同でも。
読み手が、次に起こるイベントが何かを、分からないのは同じです。
RESは、クジでイベントが決定していることを読み手に印象付けるための、あくまで演出に過ぎないのです。

ところが、制作側からすれば、RESには大きな意味があります。
僕は、ゲームを作ったことがないので想像でしかありませんが、
RESを採用することで、おそらく執筆作業は格段に早くなったはずです。
イベントの順序がランダムだと、時系列を無視して書けるので、
複数のライターさんで分業し易い利点がありますし、イベントを積み重ねることで、
ヒロインたちとの関係が徐々に変化していくような、細かい書き分けも無くて構いません。
当然、中には選ばれないイベントも出てくるだろうから、
わざわざ後の個別シナリオへの重要な布石を打つ必要もありません。
ネタとオチを用意したら、あとは物語を動かさないという決まりさえ守れば、好き放題に書けるのが利点です。
日常イベントの面白さには、そういった奔放な執筆環境や一話完結の尺の短さが、
少なからず影響していたように思いました。

作業が楽になって、テキストも伸び伸び書ける。
良いことずくめな気がします。
ただ、こう言ってはなんですが、どこか手抜きっぽい感じもしました。
細かい書き分けが不要で、布石も打たなくて良いなんて、素人でも分かります。
読み物としては最低の構成で間違いありません。
RESの占める割合が、全体の約4割と大きかったのが失敗でした。
見ようによっては、進展も伏線もない日常が半分近く続いたのと変わりませんからね。
ひょっとすると、個別シナリオの尺を伸ばして、RESが全体の2割程度で収まるようにすれば、
丁度良いバランスになっていたのかもしれませんが、どちらにしても、まだまだ改善の余地はありそうです。

もしくは真逆の発想で、イベント数を増やすのもアリでした。
21個あったのを、60個に増やすことで、これがなかなか斬新で革新的な作品になっていた可能性があります。
というのも、選択する機会は一周につき12回で、攻略ヒロインが5人だから、
12×5で60個あれば、毎回、まったく異なるイベントを見られる計算になるからです。
「本当は60個もイベントがあるけれど、一度に全部をシナリオに組み込むと冗長なので、
ランダム性にして毎回12個ずつ選べるようにした」というのであれば、RESの採用にも納得です。
60個が無理なら、50個でも40個でも、最悪、30個でも構いません。
増えた分だけ、印象は確実に良くなっていました。
現状の21個では、2周目の途中から未読のイベントがなくなってしまい、あまりに中途半端です。


総評 A

何といっても、テキストの上手さですね。これに尽きます。
気色悪いくらいにベタ褒めしていますが、少なくとも僕の知る限り、
今ある学園モノの作品の中では、ダントツに上手かったです。
たった一文、たった一言で、登場人物に親近感を感じさせるような上手い描写が何度もありました。
技巧を凝らした上手さとはまた違いますが、描写の着眼点は絶妙です。
ちょっと芝居でクサイ感じはするし、今どき人の情や若者の溌溂さを後生大事にして書いているのが、
いかにも古臭くて垢抜けていないけれど、僕はその真っ直ぐで少し熱血なところがとても気に入っています。


ランダム・イベント個別感想へ(ネタバレ有り)


管理人の独り言

ねこねこソフトが集大成として発表した『Scarlett』は日常と非日常の融合、境界を描いた作品でした。
しかしながら、その集大成に納得いかなくて再び集まったのが、
コットンソフトのスタッフさんだったような気がします。

日常と非日常が同居する『Scarlett』は、集大成と呼ぶだけの要素を持った素晴らしい作品でした。
でも、日常と非日常の、それぞれが極まった先にある作品は、
おそらく『Scarlett』とは全然違う、まったくの別物だと僕は思うのです。
ねこねこソフトには、大きく分けて2系統の作品がありました。

『みずいろ』や『ラムネ』など、日常路線の作品。
『銀色』と『朱』のように真っ向から非日常を舞台とする作品。

『ナツメグ』でやりたかったのは、おそらく日常路線での集大成です。
そして、コットンソフトが次に発表する、新作の『レコンキスタ』が、
非日常を舞台とする作品の集大成となるのでしょう。

いやまぁ、全て想像ですが…。
それくらいの意気込みで制作してくれると嬉しいな、と。

ランダム・イベント個別感想へ(ネタバレ有り)






inserted by FC2 system